義父の葬儀を終えたあと、ぽつりと義母がもらした言葉です。義父は突然、末期の胃がんと宣告され、その二ヶ月後になくなりました。葬儀は盛大に行われ、たくさんの人に見送られて、義父も義母も喜んでいるだろう……。私たち夫婦はそう思ったものです。それだけに、義母がこぼした一言には驚きました。
ただ思い返してみると、義母の言葉どおり「ゆっくり」としたお葬式ではありませんでした。列席してくれた方への対応に追われ、分刻みのスケジュールで目が回るような忙しさ。そんな中で、別れを惜しむ時間はほとんどなかったのです。
毎日仕事に追われ、たまの休みも接待に明け暮れて、家族で過ごす時間を持てなかった私たち家族。だからこそ、お葬式では互いの人生を振り返りながら、ゆっくりと送ってあげたい。義母としては、そんな思いがあったのかもしれません。
その後、義母から「私の葬式は家族だけでひっそりとおこなって欲しい」という言葉が出るようになりました。義父のお葬式の反省から、義母は自分なりにいろいろと考えていたようです。「このプランでおこなって欲しい」、義母がある日持ってきたパンフレットには、『家族葬』という言葉が書かれていました。これにはさすがに私たち夫婦も考え、それならば義母の望むとおりの形で見送ってあげようと、葬儀業者が行うセミナーや生前相談に通いました。
その1年後、義母は義父の跡を追うように、突然の脳梗塞で亡くなりました。私たちは義母が望んだとおり、家族だけの葬儀をあげ、静かに見送ってあげたのです。
生きて元気なうちからお葬式の準備をしておくのは、なんだか『死』を待っているようで抵抗があるものですよね。私たちもそうでした。しかし、義父の葬儀の反省から、本人の希望を尊重したやり方で義母を送った今では、そんなやり方も互いに納得できていいのではないかと考えています。
また、事前にお葬式の計画を立てておくことは、費用の把握にもつながります。葬儀には様々な費用がかかるものですが、慌しく段取りを決めてしまうため、あとから膨大な額を請求されて困ったというのはよく聞く話です。最後のお別れの儀式ですから、お金を出し渋るのは良くないかもしれません。ですが、どんなことに、どのくらいの費用がかかっているのかを把握しておくことも、納得して葬儀を執り行ううえで大切だと思うのです。
人の死はいつ訪れるかわかりません。私たち夫婦は、義母の生前にしっかり話し合っておくことで、納得できる葬儀をあげることができました。「そんな私の経験を話すことで、同じように満足のいく葬儀をあげられる方がいるかもしれない」。このサイトは、そんな思いから立ち上げたものです。私の経験が、皆様のご参考になれば、とても嬉しく思います。